Sweet Heaven Photograph & Words.
2017年03月05日:NEW 遠野の写真をアップしました。
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隔てられた場所 − 遠野物語に垣間見た「記憶」
2017.03.21
2017.03.21 / 岩手県遠野市土淵「カッパ淵」 / EOS 5Ds / EF35mm F1.4L II USM
遠野は震災2年前の2009年以来の訪問となる。震災後にもっとはやく訪ねたかったという過去と、今にして訪ねてみれば、もう軽い気持ちではこの地を踏めないという現在の気持ちがある。それは2011の震災や2016の台風の傷跡を見たことだけが理由ではない。遠野物語には、我々と少しだけしか時代の違いのない人々の、怨念や慚愧までもが織り込まれている。彼らをそうさせてしまったこの地の呪縛は、昨今の災害にも見てとれる気がする。幾多の困難が襲ったこの地を、遠野物語を読み直して訪ねた思いを綴る。
2017.03.21 / 岩手県遠野市青笹町中沢「荒神神社」 / EOS 5Ds / EF85mm F1.8 USM
現代では「カッパ」は可愛らしい印象が強い。遠野にもカッパの「ゆるキャラ」がいる。しかし遠野物語のカッパの話は醜い。人に子を孕ませ、子はカッパの姿で生まれる。そして人はその子を切り刻み、捨てる。カッパの姿の子は「蛭子」である。蛭子は近親の交わりで生まれる奇形児である。閉ざされた村の中で起きた、口外せざるべき事情を妖怪に転嫁したとも思えてくる。「昔話」に込められた本質に目を向けたとき、民話は心温まる幻想や伝承に聞こえなくなる。それと同時に「民話の故郷」を想起させる牧歌的な景色は、人が楽に暮らすことを許さない厳しい自然との闘いの痕跡ではないかと思えてくる。
2017.03.21 / 岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛「火渡の石碑群」 / EOS 5Ds / EF85mm F1.8 USM
遠野には庚申塚や馬頭観音などたくさんの石碑がある。庚申塚は村の境に塞ノ神として祀られる災厄除けの石塔である。そして馬頭観音は多くは家畜の守り神として祀られる石仏、石塔である。これらの多くは本来的な意味合いを残しつつも、仏教や神道、土着信仰が複雑に結びいた、人々の切なる祈りの依り代として祀られていたように思える。決して豊かとはいえない風土では、ほんの些細なことで人が命を落とすことも多かっただろう。また家畜を失えば、ともすればその損失は人一人の命よりも重いとも言える。祈りとか信仰以外に頼れない時代の名残が多く残されているこの地が、如何に厳しい環境であったか容易に想像できる。
2017.03.21 / 岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛「早池峰神社」 / EOS 5Ds / EF35mm F1.4L II USM
早池峰神社は神社でもあり寺でもある。神仏分離で神社とされたが、「早池峰山妙泉寺」でもあった。現在でも鳥居と並ぶ山門と「早池峰山」の銘が残る。もっとも、社も寺も土着的な早池峰信仰が素地にあるのだろう。神話や遠野物語にまとめられた民話から、古い山岳信仰の存在が覗われる。遠野物語には、未開の山に道を開いた猟師が、山に棲む坊主と遭遇し、坊主に焼けた石を食わせて死なせる話がある。伝承の焼け石や火は鉄と結びつくことが多い。遠野近隣には、幕末の鉱山や高炉跡が残る。この話は鉄をめぐる蝦夷征伐とも関連するのかもしれない。また女神達が山を奪い合う話も、領土収奪を伝える民話なのかもしれない。
2017.03.21 / 岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛「早池峰神社」 / EOS 5Ds / EF35mm F1.4L II USM
もともとこの山は誰の山で、歴史上のどんな事実が隠れているのか、それは定かではない。しかし遠野にとって、早池峰山は霊山であり信仰の対象である。早池峰の女神の話も、猟師と山の坊主の話も、人々に山の霊験を深く深く根付かせ、神聖性を高め続けただろう。何百年にもわたる人々が祈りが染み込んだ山は、まぎれもなく神域である。領土や資源をめぐり、この地に遠野の人々の先祖を入植させたであろう支配者の思惑など、彼らにとってはもはや無関係で、山は厳しい現実を生きるための心のよりどころである。佐々木喜善の民話発見や、その後の歴史研究によって伝承の源流を知りえた時代においても、この精神性は続いたようだ。
2017.03.21 / 岩手県遠野市土淵町山口「ダンノハナ」から山口地区を望む / EOS 5Ds / EF200mm F2.8L II USM
遠野物語は近代の「事件」も語り継いでいる。正気を失った人が家族を殺してしまう話や、老婆の葬式でその人の霊が降りてくる話は明治以降の出来事である。カッパの話や神隠しの話などには、身近で起こった恐ろしいこと、畏れるべきこと、やり場のない怒りや悲しみ、残恨、慚愧がにじみ出る。ここ「ダンノハナ」は地域の共同墓地である。遠野の宿命を背負って生きてきた人たちが眠っているのだろう。ここからは姥捨ての「デンデラ野」も近い。遠野に限ったことではないが、土地には人の魂や念が染みついている。ふとそのことに気づくと、牧歌的な響きを漂わせる「遠野物語」という言葉から、ファンタジーが遠のいてゆく。
2017.03.21 / 岩手県遠野市土淵町山口「山口の水車」 / EOS 5Ds / EF24mm F1.4L II USM
豪農の息子に生まれた佐々木喜善は、遠野に伝わる数多くの口伝に接して育ったという。その喜善が収集した口伝・伝承を基にしている遠野物語は、寒村ゆえの悲哀ばかりでなく、持てる者の悲劇や、閉鎖的な環境に起因する悲劇も描いている。むしろ喜善を取り巻く比較的豊かな人たちのエピソードが多いように思う。当時のこと、小作人は地主である豪農よりも貧しい暮らしをしていたに違いない。被支配者である彼らの視点で語られた伝承は、支配者側の喜善にもれなく拾い上げていたのだろうか。厳しい自然だけでなく、南部の圧政にも苦しめられた底辺の人々の悲鳴は、この「牧歌的」な風景を包む空気の向こうに蒸発してしまってはいないだろうか。
2017.03.21 / 岩手県遠野市土淵町土淵 遠野伝承園「オシラサマ」 / EOS 5Ds / EF35mm F1.4L II USM
遠野にはそこかしこに祈りの場所がある。卯子酉様などの有名どころは、観光客も多く訪れる。それ以外にも小さな寺社仏閣があり、地元の人の祈りの場となっている。オシラサマ、もしくはオクナイサマは農業や養蚕の神として古くから祀られている。中国の伝説集にも類似の逸話が残るといい、信仰の源流はとても深く、養蚕とともにアジアに広まっていたものだろう。オシラサマをお祭りする作法はとても複雑だという。そこに何かの禁忌の名残があるのかもしれないが、もはや原形は留めていないと思われる。その行為の継続が目的化した祈りではあるが、まさにそれこそが、この土地の厳しい風土で生き残るには、祈るしかないことを示しているのだと思う。
2017.03.21 / 岩手県遠野市土淵町 平成28年台風第10号による道路崩落 / EOS 5Ds / EF35mm F1.4L II USM
山崎のコンセイサマという祭神に向かう道のひとつは、2016年の台風が崩落させていた。この道は半年以上改修されていない。東日本大震災の復興途上ゆえ、震災被害の「比較的軽微な」町の「比較的軽微な」台風被害は、後回しにされているのかもしれない。この旅で訪ねた岩手は、まるで海岸線をすべて再構築しているかのような様相を呈していた。そして遠野近隣の谷では、この写真よりもむごい状況のまま、応急工事すら進んでいないような場所もあった。災害で隔てられてしまった町や人。そして復興事業が隔ててしまった、昔からの海辺の風景。
震災復興で何か自分ができることを見つけられるのではないか?と思って遠野や大槌を訪ねた。しかし、何の技術も専門知識もない人間は、今この土地では一切の役にたたないであろうことをまざまざと見せつけられた。「復興事業」という言葉に悪意すら感じる人もあるだろう。心のこもったケアだとか、効率的な復興だとか言ったところで、被災した人に一日でも早く安心した暮らしをしてもらうためには、キレイごと抜きに、鉄とコンクリートがまず必要だということを見せつけられた。そんな状況下で、何十億円の寄付ができるわけでもない、技術者として貢献できるわけでもない、何かを持ってこの地の人に精神的貢献ができるわけでもない。私は後方の矮小な市民でしかない。
三陸やその内陸部は、これまで何度も同じような自然災害があっただろうし、飢饉などの歴史が繰り替えされてきたのだろう。それでもなおそこで生きなくてはならなかった人の思いが、いろいろな伝承になったのかもしれない。災害の後、久しぶりにこの土地を訪ねてはみたものの、物語の深淵にはたどり着いていないどころか、隔てるものが高くなったようにさえ思えてしまう。でもあの土地に何かを感じる一人として、復興への小さな支援と、人々の安寧への祈りを続けてゆきたい。